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声が生まれる

タイトルに釣られました。

声が生まれる―聞く力・話す力 (中公新書)声が生まれる―聞く力・話す力 (中公新書)
(2007/01)
竹内 敏晴

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著者は幼いころ耳が聞こえず、16歳のとき新薬によって聴力を獲得。耳が聞こえない=話すことができなかった状態から聴力を得て、言葉を音としてやっと理解し、しかし声を出そうとすると、出ない。声を出すにはまず息を吐かねばならない―そんなおそらく大多数の人は自覚なく始めたことを何十年もかけて獲得し、息を吐くとは、声を出して話すとはどういうことなのか、思考し実践し体験した様々なお話を読むことができました。

途中で引用されていた「先ず思惟があってそれを言語があらわすのではなく、言語において意味が生まれ、思惟が成り立つのだ」(モーリス・メルロ=ポンティ著『知覚の現象学』)という一文には、なんか私も著者と一緒になって目を開かされる思いがした。ホントだその通りだ。だって思惟は言語によって行われているもの。でもなんでか逆のような気がしていたわ、どうしてだろう。
そして引き続き『知覚の現象学』から、人から人へ伝える目的で使われる「第二次言語」と、幼児が初めて母を呼ぼうとするときのような"現れつつ意味を形成する"「第一次言語」について。普段、私たちは第二次言語によって社会生活を営んでいるけれど、人は本当は第一次言語によって自身の「真性の」言葉をつかみ「生き(息)る」のだ、とゆー流れに感動してしまった。

著者は現在は「呼びかけのレッスン」というワークショップを行っているそうです。参加者は"言葉が出ない人"だけでなく、"声専門"の声楽関係者やら"話すのが仕事"の聖職者など様々。本の最後には、そこで行われている唱歌『春がきた』を使ったレッスンが紹介されていました。自分は高校、大学と合唱やってたので、歌うときに「詩の意味を考えて!」とかゆーのはしょっちゅう言われていたことだけれど。例えば「はる(春)」という言葉の成り立ち、その音になった始まりまで追求して考えたことは、この本に出会うまでなかった。それを理解し、言葉に第一次言語のときの姿を呼び戻して「生き(息)」させたとき、生まれた出た奔流のような「春」。あくまで文章であってその歌は聞こえないのに、これには思わず目頭が熱くなって通勤電車の中で目をしばたいてしまったのでした。
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